5年後の自分(フィクション造話)

俺は18歳。高校3年生だ。この秋を越えるともう大学受験が目前に控えている。

部活もとうに引退し、楽しいことなんて何一つ無いままただひたすら勉強に勉強を重ねて楽しいかも分からない大学というぼんやりとした希望だけを頼りに絶望と闘っていた。

勉強した先に何があるんだろう。俺には夢がなかった。入りたい職もなければ受験以上の知識を得ようという向上心もなかった。社会人になっても結局俺の性格だと苦労するに決まっている。
自由なイメージのある大学生活を満喫したら自殺しようとまで考えている。

俺はまたくたくたになって夜中の10時過ぎに家に帰った。静まり返ったリビングには冷蔵庫にごはん入れてますという母親からのメモ用紙が置いてあり、いつも通りチンをして皿まで洗って1人静かにお風呂に入った。

宿題が山ほどあったが今日は疲れたのでまた明日にしようと放置して寝ることにした。

真っ暗で家族が寝ているはずなのに近くで耳慣れない声が聞こえた。
「おおー、懐かしいね、僕の実家…!」するとその男はいきなり電気を付けて俺を見た。

なんとそこには眼鏡をつけ、少し痩せたような感じではあるが完全にもう1人の俺だった。聞き慣れない声は録音した自分の声に違和感を覚えるように自分の出す声とは伝わり方が違ったからだろう。

そしてそのもう1人の俺は俺をじっと見て
「びっくりしたよね…!ごめんごめん、実は僕は君の5年後の僕なんだよね」と唐突に語り出した。
何を言っているのか理解出来なかったが、疲れ過ぎてるせいかすんなり受け入れている自分もいた。

「5年後…ってことは23歳…ってことだよね?」
「そうだよ。」
「ほんとにその未来からやってきたの?」
「そうだ、僕は僕自身だ。」
俺は真っ先に思い浮かんだのは近い未来の話だった。
「じ、じゃー大学はうまいこと受かったの?」
「あー、何とかギリギリね、って今の君に伝えたら勉強しなくなりそうだからそれはダメだな(笑)」
「確かに(笑)、さすが俺の性格分かってますね。」
「そうだな、僕は僕だからね(笑)」

俺はどうやら5年後には僕という一人称になっているらしい。僕という言葉の響きの丸みがあんまり好きではなかったので使っていなかった。どういう経緯で僕を使い始めたんだろう。そんなことを気になっていると今度は彼から話を降ってきた。

「どう?順調?」
「順調なわけないじゃないですか。経験したんだから分かるでしょ(笑)」
「そりゃそうだ、確かちょうどこの頃はケンカしてたよね」
「ご名答、ほんとしょーもないことで…ほんまアイツいけ好かんやつなんすよ」
「まあね、今の僕なら何となく自分も悪かったなーって感じてるよ…。」

5年経った俺は少しおっとりしていて言動もどこかしら余裕を持った大人のような感じに見えた。しかし、それがどこか俺じゃない気がしてなぜか徐々にイライラしてきたのだった。でもそれ以上に彼…いや、自分の未来のことをもっと知りたいと思い話を広げてみた。

「23歳…ってことは…」
「そう、今は社会人をしているね」
「じゃー就職できたんだ、俺が」
「そうだな、案外上手くいったもんだ…当時の僕は散々迷ってたんだっけ?」
「そりゃ、そうでしょ、こんな出来損ない人間が社会の歯車にすらなれないでしょ、今相当苦労してるでしょ、どうせ」
「…ああ、そうだな。しんどくないと言えば嘘になる」
「でしょ?やっぱ俺は向いてねーんだよ、ほんとにどこにも居場所なんて無いんだよ。」

俺は本気でそう思っていた。自分を否定し続けられ育てられた。自分に出来ることは皆に出来て自分だから出来ることは何一つ無いと思っていた。

ただ5年後の俺の目は相変わらず死んだ目をしてたけどなぜかその奥底に輝きがある気がした。その目がまたひとつ穏やかにさせ俺にそっとなだめるかのように
「当時の僕…いや君は何でもかんでも人のせいにしていたよね。相手が何かミスをすれば無能扱いしだし、自分の不手際は環境のせい、DNAのせい、世の中のせいへと転嫁してきたよね。

特に母親には当たりが強かったのは覚えているよ。何なら今の僕でもそういう節はあるからね。
ただ一度自分が悪いんじゃないかと考えてもいいと思うんだ。今の僕はその繰り返しで出来ている。
お母さんだってなんやかんや毎日お弁当、夜ご飯作ってくれてパートまでしてお金を稼いでくれてるじゃないか。愛情が無いと散々愚痴を吐いているけどそれはむしろ君の方じゃないかな。

僕はもっとそれに早く気付ければ良かったけどちょっと遅かったかな…。だから感謝を伝えた方がいいと思うんだ。」

俺は無性に腹が立った。母親が言うような解決策の見つからない論点ずらしをされている気分になったからだ。しかもそれを俺自身に言われているのだ。にしても俺はこの5年で一体何が起こったのだろう。俺が俺じゃないみたいに心は変わり果てていた。その疑問から俺は勝手に口が開いていた。
「社会人になって…何かあったのか?」
「まあ、大したことはないよ。まあ、経験の連続ってやつだよ。何なら社会人じゃなくとも大学からでも色々と学べるよ。お前はほんとに狭い世界のみすぼらしい価値観の元で今の僕を測ってるだろ?昔の僕は人の意見をまともに聞かないからね(笑)」
「そこもなんでもかんでもお見通しってわけか。ズルいな、未来の俺は」
「まあな」
「…そういや。」
「うん?」
「恋愛とかは…出来てるの?」

俺は何やかんやそこが一番聞きたかったのかもしれない。俺は何度もコクったのに1人にすら振り向いてもらえなかった。俺はモテない…そのレッテルですっかり恋愛を放棄していた。だから未来の俺が恋愛できてるのか、彼女はいるのかすごい返答が気になりながら固唾を飲んでいた。

「逆にどう思う?」
「え?」
想定外の答えに思わずえ?っと少し甲高い声が出てしまった。それも完全に踊らされているのだろう。
「…冗談だよ(笑)すんごい今は幸せだ」
そう笑った余裕の笑みが全てを物語っていた。俺にもこんな笑顔が出来るんだという感嘆とじわじわ本当にそうなのかという猜疑心もあった。
「…本当に幸せですか?この俺が…ですか?」
「ああ、信じられないよな?」
「なんで…ですか?」
「そうだな…僕という存在を肯定してくれるそれはそれは良い人に出逢えたからだな…。今は死ぬほどつらいかもしれんけどよ、これも全て伏線になる。だから大丈夫だ。」

俺はもう二度と恋愛できないと思っていた、俺は幸せになっちゃいけないと思っていた。
それが未来では今の俺を慰めてくれている。人の不幸が大好きで人の幸せと笑顔が大嫌いだった自分からは何も想像出来なかった。それほど今は愛に満たされているのだろう。
少し未来が楽しみになってきた…しかしそれと裏腹に未来の彼は少し顔を暗くして、今までのはオードブルだよと言わんばかりに

「まあ、今ここにきたのは他でもないあるお願いがあって来たんだ」
と本題を切り出してきた。

「僕は生まれてからずっとおっちょこちょいでさ、ケガもいっぱいしてきたじゃん?今社会人でちょっとのミスでも命取りになりかねない仕事をしてて、いつになく僕があたふたしちゃって急いで現場を早歩きした時にトラックにぶつかってドーーーン!!となってさ…。」
俺は何て言えばいいのか分からなかった。話はまだしばらく続いた。
「そんなトラックのスピードこそなかったけど何せ僕も注意してなかったし、重量もすごかったからさ、今意識不明の重体なんだ。多分もう命も助からないって言われてる。そしてこの走馬灯を走らせてる時に今の君に出会ったわけさ。」

俺は頭がこんがらがり過ぎてむしろ冷静にすらなっていて確か「走馬灯って実際にあるんですねー」とか頷いてたとおもう。事の重大さにはあんまり気付いていなかった。

「それでお願いっていうのは、前にも言ったけど俺はすんごい幸せだった。それは色んな人との出逢いがあってその1つ1つが充実してて楽しかった。だからこそ今、死ぬのがものすごく辛い。死ぬほど辛い。
どうせなら死にたがっていた充実する前の自分に戻って死ぬのがつらくなる前に先に死んだ方が悲しむ人も少なくていいかなと思ってね。」

彼はものすごく寂しそうな顔をしていた。しかしどこか無責任なその対応にまた俺はひねくれていたので
「何でお前にそんなこと言われねーといけねーんだよ、死んでくれと言われたら逆に死にたくなくなるだろうがよ!」
と天の邪鬼で返したのだった。すると彼はなぜかニヤリと笑って

「そういうと思ってたよ。まあね、ぼくもまさかいきなり交通事故で亡くなるとは思って無かったからまともな判断が出来てなかったのかもしれないな…はは」
未来の俺がそうやって頭をくしゃくしゃしてる頃に俺はとんでもないことに気付いてしまった。もしかしてこの交通事故の事実を知った俺は未然に防げるのではないのかと…。そしてもう一つの疑問を彼にぶつけた。

「あの…未来の俺は、俺と同じタイミングでこのような事が起きましたか?」
「うん?なんで?」
「いや、もし無かったのならばそれはもう歴史が変えられてるかもしれないじゃないですか!」
「なるほど!いや、昔の僕はこんな未来の僕とは会ってない!」
「じゃ、俺は死なない可能性もあるじゃないですか!」
我ながら咄嗟に思いついた割には整合性のある説明が出来たなと浮かれていた。

しかし、今ここにいる未来の自分は死ぬことが確定していた。
少し後ろめたい気持ちもあったが彼はそんな暗い表情を自白して以降は出すこともなく交通事故が起きた日時やその前後の説明を流暢に話してくれた。一通り話し終わった後
「ああ、最期に伝えられて良かった。このために走馬灯で会えたのかもしれない。頼むからお前は生きてくれよ。」
俺は安心しそっと頷くと突然白い光がぼーーっと射し込み、吸い込まれるように背景が消え去って、気づけば布団の上で朝になっていた。

そうか、夢か…。

俺はそう呟いたと同時にとんでもない焦りが押し寄せるかのように冷や汗が身体から吹いてきた。
何かとてつもない大事なことを聞かされたはずだったがその内容をさっぱり忘れてしまったのだ。

しかも思い出そうとすればするほど記憶はおぼろげになっていき、思い出せないという事実だけがずっと心に引っかかっていて悪夢では決してないなと感じながらも気持ちが悪い感触は残っていた。

きっと宿題に、受験に追われていたから頭がおかしくなったんだろう。
そう思い込ませてまた未来の見えない日常への支度を済ませて出かけていった。


※この話はフィクションです。