茨木現場物語③〈折り合い〉

屋上までコンクリート打設が終わる事を上棟と言う。これがちょうど2022年のお盆前に完了した。

今回はそこから足場解体までの2022年8月から10月までの短い3ヶ月の間の物語である。

 

外部からの刺激

第二章までは身内と関わる事が多かったので身内じゃない人とも絡む機会が欲しいなという事で忙しいながらも手を出してみた。

 

まずは合コン。これは、会社の同期の友人?からの勧めで、1発目はその同期のピンチヒッターという事で急遽誘われた。

当たり前だが友達の友達は他人なので、5対5であったが9人とも知らないというめちゃくちゃアウェイの中、しかも周りは共通の友人を固めたような入りづらい状況だった。

 

お酒の力もあってかそこそこ楽しめたし、何より違う分野の話や違った価値観を知る事が出来たのは何より収穫だった。

そこから何度か行っては、バーベキューなどのイベントにも参加したりして男女関わらず施工管理以外の職種の苦労話など聞いた。

 

…で、肝心の恋愛は全く進まずというか、全くやる気にすらなっていなかった。

周りも出来てきているので流石に焦らないといけないのだが…。うん。分かっている。

 

ゴルフに関しては、一度コーチを付けてもらって練習し、家族で本来の半分である9ホール回ったりもした。

始めた理由は第二章でも話したが、現場仲間でゴルフやろうかってなったって事と、そのうち付き合いで絶対通る道ではあるので、嗜めるくらいは上手くやりたいなと思ったからだ。

 

ゴルフ難しい!!

 

何が難しいってまずボールに当たらない…。ちゃんとした立ち位置でちゃんとした振り方をしないとまず芯に当たりもしない。

僕は書いてる今、この時から半年以上続けているのに未だコツを掴めていない。それくらい難しいスポーツである。

 

まあ、僕が鈍臭いのもある。現に僕より遅く始めた人でも全然僕より上手いなんてザラだ。

それはそれは泣けるくらい上達速度が遅く、何回もやめたくなった時もあった。

 

ただ、やると決めた以上は上手くなりたいし、ゴルフで楽しみたい。

なにせ、大学の友人からも僕がやってる事を聞くとまたやろうぜ!と誘われたもんだからやらないと損だろう。

 

おっさんになっても楽しめるのはこういったゴルフとかの付き合いだから、やる!やるからまたやろう!!

取っ組み合いのケンカ

僕はどちらかと言うと短気な性格だったと言うとみんな驚くかと思うが、実際小学生の頃まではそうだった。

最後に人にブチ切れたのは高3が最後だ。

まあ、社会人になってからもちょくちょくキレているが、暴力は一切していない。

いつの間にか…というか、大人になったらしないものだと思っていた。

 

キレたのは屋上の設備の土台のコンクリなど色んな小物類を打設した時だ。

ミキサー車から生コンをホッパーというバケツの中に約0.3㎥入れる。

 

それをクレーンで屋上まで吊って組み立てている設備土台用の型枠の中に入れる。それをひたすら繰り返すというチマチマした作業だった。

 

誤算だったのは2回目という事で、1回目の時間で大体の計算をしてしまった事だ。

1回目の人は要領が並ぐらいの人だったので±30分を予想していたが、それ以前の問題だった。

玉掛け(クレーン指示)が2人いるのだが、どちらも初心者且つ要領がよろしくない人だったので、そもそも作業が進まないのだ。

 

クレーンを使う業者は他にもいる。その日は仮設足場の業者、いわゆる鳶で第二章の表紙を飾ってるあの人だ。

その人はコンクリが終わるまではやる仕事が限られる。足場材料の運搬はクレーン無しでは行えないからだ。

 

その人はそのコンクリ業者の要領の悪さに見るに耐えず、俺がクレーンの指示するからコンクリ入れるのに集中しろ!あと俺の部下も手伝わせるから!と2人追加した状況になった。

 

そっからはいつもより物凄い速いペースで進んでいった。そりゃクレーン指示の上手い鳶の職長さんと、コンクリ打設経験豊富の部下がいればあっと言う間だった。

 

屋上だけで終われば早く終わって嬉しい〜で終わっていたが、屋上下の階にも打設しないといけない場所があった。

それはホッパーではクレーンが入り込めないのでホッパーに入っているコンクリを一輪車に入れて走り回る。

しかし、我々元請けが持ってる一輪車はせいぜい2台だ。

なのでいつも左官業者(モルタルで躯体の整形など行う業者)にもう4台ほど借りて使う。

 

この日は左官業者もギリギリまで一輪車を使っているので、一輪作業が終わってから貸すという約束をしていた。

しかし、思ったより1時間も屋上打設が早く終わってしまい、まだ終わってないから貸せないという状況になった。

 

鳶業者の善意はもちろん、1秒でも早くクレーン作業を行いたいからだ。しかし、2台のペースだと終わらない…。

鳶業者は2台しかない段取りの悪さにイライラし始めていた。

 

くそっ…どうしょうか。僕は3択を迫られていた。

①トロ箱(コンクリを入れる箱)を用意して一旦、ホッパーの中にあるコンクリを吐き出して少しでも早くホッパー作業を終わらす。

うん…これが無難かな…。ただ二度手間だもんな。(ホッパー→トロ箱→スコップで掬って一輪車)

左官業者に何とか交渉して一輪車6台用意する

一悶着はあるだろうが、この選択肢もあるな…。

③コンクリを工事用エレベーターで移動させる。

ホッパーを使わないという利点はあるが、上がるだけで4分かかるのにそれを何往復もさせるのは酷だし、ミキサー車の延滞もかかる。最悪この選択肢だな…

 

まあ、当然の事ながら鳶業者は②を言い続けていた。1番早く終わるからだ。だが、交渉は失敗した。

それも当然で、約束が違うし左官業者もまた一輪車が無ければストップしてしまうからだ。

あと30分待ってくれ、早く貸せるようには動くから…!

 

そして、やむなく1階から①をする準備していたら、屋上から怒号が。

『おいっ!!!早く一輪を持ってこいよ!!ぶち殺すぞ!!ごらっ!!早よ来いよ…殺したる!!』

 

あ、やべぇ、なかなかに怒らせてるなぁ…

まあ、行くしかないのでエレベーターにトロ箱を載せて上へ行く。

 

屋上下の階のコンクリ打設は材料を下から上へ上げるために開けていた荷揚げ開口を閉じるためで、それは各部屋にあったので16個分ある。

 

まず、水で濡らし同じ高さに合わせて入れて綺麗に均すまでが1セットだ。一概に早くやればいいってものではないのである。

しかし、エレベーターでたどり着いた時には恐ろしい惨状だった。

 

開口に入れたら入れっぱなしの最悪の状態だ。2台で少しでも早く終わらせようとコンクリ業者が鳶に気を遣ってかフルで回しているのだ。

そのままコンクリが固まってしまうと悲惨な状態になる。

鳶業者の方は完全にブチ切れている。一輪車が乗ってない時点でいくらか察している。トロ箱のやり方をしないと質の悪い出来になってしまう。

 

その話を遮るように、『お前、なんで一輪持って来てねぇんや?トロ箱なんか回りくどいやり方したらお前コンクリ業者も俺らも遅くなるだけやんけ?お前バカとちゃう?もういいわ、失せろ』と反論された。

 

それは半分正しくて、半分間違っていた。コンクリ業者は少なくとも今ただただ一輪を乱雑にドバドバ入れてる状況はよろしくない。一輪車が多いに越した事はないが、2人しか居ないのだからロスもそこまで無い。

しかしそれを反論する僕の頭と鳶さんの頭は無かった。

僕の最優先は口よりもまず手だ。『とりあえず、僕が綺麗に均しますんで勝手に失せますよ。』と言ってからコテを持ち、汚いコンクリを均し始めた。

 

まあ、それでも鳶さんの怒りは収まるどころかヒートアップしていって、30分経って追加の一輪が着いた頃にはもう殆ど完了していた時には『そんなん遅いねん!!もう無駄やねん、手間取らせやがってよ!!ホンマ、あいつクソやわ…!』とやるせの無い怒りを全て僕にぶつけていた。

 

思い通りに行かずクソぉ…と思いながら、鳶さんが手伝ってくれる事を考慮してなかった俺の段取り不足が悪かったなぁ…と少し思っていた。言っている事が正論な分、反論できなかった。

 

そして、終わりかけにお前来いよ!!と呼ばれた。僕はまだ均し終えていなかったが渋々屋上に上がると

『お前な、なんでこんな段取り悪いねん…ずっとぼけぇとしやがって、俺らをコキ使いやがって…何やと思っとるねん…』

相当溜まってると思ったが、僕もやるべき事があるし、今こうやって口喧嘩するのは時間の無駄だと判断したので、嫌そうに下りようとすると、それに対して怒りを買ってしまい、

『お前っ!!ちょっと来い!!ぶっ殺してやる!!と胸ぐらを掴まれた。

僕も反射的に胸ぐらを掴み、やれるもんならやってみて下さいよ!と反論した。

しばらく言い合いと睨みが続いて、「もう失せろよ。お前とは一生口聞かんから」と手をほどき、そのままコンクリ打設は終わってしまった。

 

正しい事は正しいのか?

あんだけ仲良かった鳶さんとも次の日謝りに行ったが口を一切聞いてくれなかった。

 

さすがにやばい。仕事に完全に支障をきたしている。どうしよう…。何が正解だったのだろう。

僕が完全に折れるのが正解だったのか?もっと突っ張る方が正解だったのか?今日も謝りに行ったのは正解だったのか??

 

そもそも、正解ってなんだ??

 

この時の僕が考えていたのは「折り合い」だ。

 

正直に全て話す事でも、全て鵜呑みにする事もどちらも正解ではない。

 

未来を見据えた時、後悔しない方…もっと言えば、上手く付き合っていく方に賭けるしかないんだなと言う事だ。妥協ではない。

 

妥協すると言えば、折れてやったんだぞという驕りが片隅にあって、結果として上手くいかなかった場合、妥協したせいにする事もあった。

折れてやったのに…みたいな。それは結局、独りよがりなのだ。

 

主観の判断も大事だが、相手の意見を尊重した上で自分の意見を尊重する事が1番大事だ。

 

僕の場合、コンクリの出来上がりの質が落ちるのがどうしても譲れなかったので、あのやり方が最善では無いと判断して歯向かってしまったのである。

 

しかし、元を正せば鳶さんにとっては一輪車をもっと段取りよく用意すれば良かった。それが全てであり、そこを含めたもっともっと前からの段取りが僕には足りてなかったというのは確かにあった。

鳶さんにとってはそれが最善なのだから。

 

そこは紛れもなく正しい事なので、僕はこれ以上反論しても生まれないので反省し、自分が全て悪い事を認めた。

それが妥協ではなく折り合いだ。

 

とはいえ、2日経っても無視され続け、ついには周りに迷惑をかけるレベルまで打合せが出来ていなかった。

 

担当は僕しかいない。これもまた、折り合いだ。

 

しっかりとした打ち合わせが出来ないと、安全の部分がおざなりになって災害のリスクが増える。足場作業なら尚更である。

それを私的な理由で会話不足で問題が起きる事は許されない事だと自分でも思うし、相手も職人としての矜持があるなら、絶対それだけは譲ってはならないものである。

 

ほんとはここで無視し続けた方が楽なのだが、僕は詰所に駆け寄り、心から謝った後、大きな声で

『ほんと、それ以外の部分で無視してくれても全然良いんで!打ち合わせ…打ち合わせだけでもさせていただけませんか?これが出来ないと安全の部分に支障きたしますんで…!どうか、お願いします…!』

すると5メートルくらい離れた鳶さんが見かねたのか、手をこまねいてくれていた。

 

そっから打ち合わせし終わった後、おい、いいから飲めよ。今度同じ事すんなよ。と缶コーヒーをいただいた。

 

泣きそうなくらい心から安堵していた。

 

それから、より一層絆が深まった(気がした。)

 

足場解体は折り合いの連続

そこから1ヶ月後、足場解体計画を始めていった。

簡潔に言えば、建物を囲ってるあの仮設の足場をクレーンによってバラしていく作業である。

この現場では丸々1ヶ月を要した。

 

組立ては1フロアずつやるが、解体はブロックごとに一気にやっていく分、リスクもそれなりにある。

仮設足場を解体するにはまず外装(タイル、塗装、ガラス、手摺、その美装など)を完成させる必要がある。それを見越した段取りが必要である。1つでもズレたらアウトだ。

 

また、下側では外構(1階の外回り)、植栽工事も始まっていく。その業者の工事や材料の邪魔にならないような段取りも必要だ。1つでも段取りが上手くいかなければアウトだ。

 

そして何より、バラした足場の材料の置くペースとスペース、引き取りの車の呼ぶタイミングを上手く噛み合わせないといけない。

 

足場の解体が早すぎても引取りの車が来なければ置くスペースが無くなり鳶さんが手持ち無沙汰になる。

かと言って車のペースが早くても、引き取る材料が無くなると車運賃の損失となる。

 

なので1番大事なのは、鳶さんが1日あたりどれくらいのペースで解体出来るかを人数や能力などから読む事である。

 

これはもちろん鳶の職長さんが考える。しかし、同じ時期に足場解体をする現場が多いため人数が多く来れないかもしれないとの事でだいぶ日和ったスケジュールになっていた。

 

ただ、これじゃ全体の工程が間に合わない。足場解体で必要なでっかいクレーンを解体しないと進めない工事もある。僕はそのスケジュールから詰めないといけない。それが仕事だ。

しかし、読めない以上日数を減らすも動かすも無いやろうが!とここでも揉め合った。まあ、口での喧嘩はよくある話だ。

 

しかし、鳶さんの段取りに合わせないと外装業者の日程も確定出来ない。1日もずらす事はできない。

足場解体が早いとそもそもタイルや塗装は仕事出来ないし、手すりがないと隙間が出来るので簡単に人が死ねてしまう。

外装も外装で他の現場がみっちり詰まっているため、そう簡単に日程を変えられる事が出来ない。逆に言えば外装の行ける日程に合わせて解体の日程を決める時もある。

 

まあ、その数業者を調整する仕事が僕の担当のほんの一部だ。

 

また、業者あるあるだが〇〇まで出来ますといって実際それより出来ないってパターンを恐れるため、少なく見積もる事が多い。

実際余裕があるように見えた。が、言わないようにして、ノルマを達成したらクレーンを使わない前段取りを中心にやって欲しいとお願いした。

 

綿密な打ち合わせの元、最終的に色々と段取りしていたのに、いざやっていけば人数も揃いに揃っていたため、思ったよりも2倍弱早いペースで解体していった。

打ち合わせを毎日やっているのに台風予想のように毎回予定とやっている事が変わりその度に書き直しては調整していった。

 

いきなり番狂せだ。引取りの車はその翌日から増やしていけたのでまだ良かった。外周りの工事も何とか交渉してスペースを作って作業できた。

 

問題は外装が早いペースにピンポイントでついていけない事と、内装などの搬入も打合せ通りありきだったのでかち合ったりした事だった。

 

しかし、鳶さんは止まるはずもなく、これから人が減る可能性もある。お前らの詰め詰めのスケジュールで終わらせるならこれぐらい先行してやっとなんやぞと反論してきた。

 

なんやかんや日数が経つと解体のペースはとどまる事を知らず、ついに外装の日程を大幅に変えないとマズい事態になっていた。

 

とはいえ、この状況を先手では打っていたため、一悶着はあったが何とか変える事ができた。

 

が、鳶さんは解体の時は特に自分中心に回したい、1つの待ちを許したくないイケイケ状態だった。

僕は僕でそれを最大限尊重してあげる事が仕事だ。

朝全体朝礼で言った事が昼前の打ち合わせでは全然違う事を他業者に謝りながら説明する訳である。ブーイングは起こるものの、それが僕だけに照準が当たるのは許せなかった。

 

なので、言ってる事やってる事違うのは筋合いちゃうんちゃうか?

という事で本来足場解体中は打ち合わせ出ない鳶さんにも来てもらって明日の進捗をきちんと説明してもらうようにした。

 

それが、けじめであり、折り合いだ。

 

そして、紆余曲折あったが何とか無事に解体は終わる事が出来た。

 

解体の時が1番やる事が多かった気がする。

7時までには絶対来て、早朝から解体の段取りを最終打合せをする。

解体の現場での仕事は仮設電気の整線(単管にセットしていたものを取る)、工事用EVの万能板の解体、掲示物の解体、1階仮設手摺盛替え用のアンカー打ち、引取り車の段取り、詰める順番の整理、翌日の引取り車の確認、昼前の打ち合わせ、内装の進捗確認、直近の内装搬入の調整、外装等の日程確認、外構の進捗確認、各検査、及び検査前の準備、段取り、その他雑務、安全パトロールの同行(月4)

そして17時が終われば、所員での打合せ、進捗の整理、2〜3週間分の工程管理、搬入調整、検査があれば検査後の書類整理、検査前なら前日段取り、翌週の引取り車の台数確定、予約、その他品質、安全関係書類作成。

 

仰々しく書いてあるが、あんまり多くはない。が、これが全部ではない。

平均がこれくらいでそっから多少増えたり減ったりして15時間労働してるといった感じだ。

 

めちゃくちゃ忙しい訳ではないので、たまに飲んだりも出来たし楽しくは働けたと思う。

 

イライラした事も多かったが、逆に言えば本気で仕事に取り組めているんだなぁと冷静かつポジティブに考えることが出来た。

 

自分の気持ちにもある意味折り合いが付けれたという事だろう。お後がよろしいようで。

 

第三章〈折り合い〉 〜完〜