自分の半生 ~社会人編①-3

…変な夢を見た。厳かな広い和室にちらほらと人が佇んでおりとある1つの絵がある1人の手によって壊されていた。

僕はそれを隠そうと奥の部屋に隠した。するとこの家の主と思われる袴を着て白髪で髭の生えたこれまた厳かなおじさんが睨みつけ絵が無いぞ…誰がどこにやった…と静かに辺りにいる人達に静かに言い放った。ピリッと張り詰めた空気に僕は耐えきれず思わず手を挙げて僕がやりました。と家の主に目を向けた。 
するとどこに隠した…とこれまた静かに言い放ったので奥の部屋に案内しボロボロになった絵を見せた。
ほうほう…と同じ奥の部屋にあった日本刀と思われる刀を取り出し、責任を取れ、腹を切って詫びろ…と差し出した。
僕は心の中でこんなことで腹を切らないといけないのか…と思っていたら家の主が更に目をつり上げて
「今、こんなことで切腹かと思っただろ?お前には責任とやらが無いのだ。手を挙げる。自分がやりましたというその言葉にお前は何も重さというものが無かった。
違うと言うならばさあ、切ってみろよ…」

僕は少し自棄になり刀を取り腹を切ろうとしたが手が震えていた。
「ところで、お前。死にたがっていたよな。どうだ、いざ死ぬ間際を体験してみて…まあ責任のないやつに限って死にたい死にたいとほざく癖にいざ死ぬ時になると命が惜しくなる。
残念ながら死ぬというのにも責任というものがある。抗うのだから痛みを伴わないといけないものだ。ははは滑稽だな。
お前はよく人を嘲笑っているがほんとはそんな自分の方が滑稽だと言うことを覚えておくがいい」

そう言うと掴んでいた刀を家の主が奪ってそのまま振りかざし「残念だ」と思いきり僕の頸にめがけ刃先が目の前に来た時僕は思わず目を覚ました。
すると秋だと言うのに冷や汗をかいていたらどこからともなく「夢の中ですら死ぬ勇気が無いんだな…」と家の主の声が聞こえたような気がした。


夢は自分の脳内の整理とも言われるので自分の思考内で夢は構築されると思っていたが、まさか夢から学ぶとは思っていなかった。責任という痛みを。




第十章 職人

現場は職人さんにより成り立っています。しかし今までほとんど関わる機会が無かったと言えます。

コンビニバイトやふとコンビニに寄った時たまに見る鳶職であろう汚い人達がわいわいしてたり、それこそ1日バイトで改修工事で働いている人を見かけたくらいです。
一言で言えば印象は良く無かったです。こういった仕事をしないために勉強するんやでと教わったくらいですしタバコ吸いながらおらついているイメージがありました。
でもそういう人ほどきちんと話すと聞いてくれるし心は優しい人が多くバイトを通じてマイナスだけの印象からは変わったように思えます。

実際現場で配属されてから色んな職人さんを見てきたように思えます。(しれてる数だけど)

当初のイメージ、おらついているけど実は優しいといった人はあながち間違かってなかったですね。
肉体を使って団体で作り上げる業者さんには多い印象があります。

地頭が良いみたいなイメージ(偏見かもしれない)がありますがこれは微妙に思えます。
勉強できる賢さと地頭は全く相関関係がないです。もう一度言います。「全く」関係ないです。

よくメディアで言われるのは勉強が出来るからって要領が良い訳ではない「お勉強は出来るけど思ったより使えない」をアピールしており、あたかも勉強出来ない我々の方が使える人間ですと皮肉ってるように聞こえてきます

が、賢くても地頭良くない人がいるなら馬鹿で地頭良くない人も当然いますし、先ほど相関関係が「全く」関係ないと言ったように同じくらいいると思います。

大学内で「賢いし要領良い人」は確かにたくさん見かけましたし「賢いけど要領悪い人」も確かにいました。
サークルもバイトも友達もよくよく考えればほとんど偏差値上の人なので大体この2つに当てはまるなという感じです。
ちなみに僕は「賢いけど要領良くない」最たる例ですね。現場では大学出てる時点で賢い扱いされますからね。

また、サークルやバイトでは「偏差値は高くないけど要領良い人」とも会ってきました。
でも実は「賢くないし要領も悪い人」ってあんまり距離を詰めて接したことって無かったかもしれません。

出会ったとすればバイトの客とかぐらいでしょうか。

ここまで引っ張ったのは自分のイメージと違うという話ですがこの環境によって大きく価値観を変えられました。

彼らの仕事上、1つのことをどんどんとこなす作業が多いので多くの職人さんは当然のことながら他の業者のことまでは把握していないわけです。
経験は長いので自分の仕事に関して要領が分かっていますので地頭が良いのかなと思ったんですが実際は半々くらいですね。
こういうこと言うとあれですけど、賢くない+要領悪い+プライド高いほど絶望的なのはないですよ。

推察力が足りないと言いますか、こちらが至れり尽くせり説明しないと伝わらないことが多いです。常に最悪の想定をして丁度いいくらいなので本当に小学生に注意するくらいのレベルで動いていますね。

要するに自分の事しか考えないので自分にとって都合の良い楽な方向にいくことを前提にこちらも動かないといけないわけです。

これは建設関係なら致し方ないのかなと思っています。業界全体が圧倒的ジャイアニズムによって成り立っているからです。

発言がどれほど「理屈的」かどうかではなく、威圧的であればあるほど言うことを聞いてくれるわけです。

言うなればジャイアンみたいな人がこの職種に向いている訳です。職人さんは言わずもがなジャイアンですのでその人を動かすにはそれ以上のジャイアンになることしかないのです。
そこに正しさなどは全くいらないのです。俺が言ったことは全て正しい!という発想です。

大げさだと思う人もいるかもしれませんが本当ですよ。僕も現場を経験していなかったらんなバカな…と思ってました。

いくら理論武装してものび太みたく舐められてしまえば意味もないです。そういう人は病んでリタイアします。
つまりジャイアンが出世していきますので上司になるにつれ人格破綻者の割合が多くなるのです。これはこの職種で生き抜くにはそうせざるを得ない部分もあります。

僕は今まで部活の経験からも調整役が向いていると思っていました。それらは大概論理的説明によるものでした。
いくらかはそれが役に立つと思っていました。個人的な感想ですけど全然ですね。

結局一年目はどんな発言しても効果などないものです。
でもたまに一割の人は聞いていただけるので聖人かのように思えるのですが本来はそれが「普通」のポジショニングなんですよね。

半分以上は極端に視野が狭いです。何というか中学、高校の感性のまま止まっているような感じです。気だるそうにカッコつけるのがカッコいいみたいな?
なのでオラオラしている陽キャがクラスの中心になるように現場でも声が大きく発言が多い人が中心となりその人が言ったことこそが正しく正義となるのです。
ヤンキー学校みたいなもんです。で僕たちはその先生だと思えば想像しやすいのかもしれません。

って言うとネガティブキャンペーンになるので悪い話はここまでにします。
良い話も当然あって、弊社の職人さんは質がいいと言われていて実際それは感じられます。

ボロカスに言う人がいたりマウントを取らないと気が済まない人もいますが、優しかったり気を遣ってくれる人もまたいてそういった人達の存在で救われました。

所員には褒められないけど職人さんにはちゃんと結果を示すと褒めてくれます。それが何というか一瞬のやりがいを感じます。

話をする人と言えば職長さんだったり一緒に作業する業者さんや相手がコミュ力の塊みたいな人だったりまだまだ相手頼りでひしひし自分のコミュニケーション能力の無さに呆れました。

そんな中、1人仲良くなった職人さんがいました。彼は僕と同い年で左官を数年やってシールをやっていました。

シールとは躯体の建材と建材の目地などにあるゴム質のようなものを注入していく業者です。
主に建材同士がぶつからないための緩衝材の役割や隙間を埋めていくので防水としての働きがあります。
素材はなんというかボンドみたいに最初はベタベタする半液体みたいですが時間が経つと固体になってくっつくようにシールの場合ゴムのように伸縮の富んだ固体になります。

ということで自分の仕事が彼と被ることも多く10月になると躯体も出来上がりコンクリート工事も減り余裕が生まれたので仕事中に話す機会も増えました。

話していくうちに自分の生きている世界とはとんでもなく違っていたのです。(彼の話ですので真に受けるかどうかはお任せします)

彼は幼い時から両親に育児放棄されおばあちゃんに引き取られるまでは弟と2人でお金だけ握りしめ生きていたらしいです。
中学生の年齢からは施設に預けられ、そこで初めて「教育」を受け、友達が出来たらしいです。

そんな友達の1人といけない関係を持ってしまい相手は赤ちゃんを身ごもり出産までしたそうです。
彼の年齢はまだ14だったそうです。しかし産まれてからしばらく経つと相手は育児放棄をし、結局彼1人が育てることになったそうです。

彼は15から働き始め去年の夏まで娘を育てた所で相手が年上の男と再婚したことを知り、更にその男が前に関係を持っていたという事実に怒り心頭したらしく、娘を引き取らせろということでした。

彼は当然拒否しましたが、彼の素性と素行は決して良いものとは言えず、結局引き渡すことになったのです。そこからは仕事をして1人で暮らしているそうです。

なかなかな経緯だったが彼は前を向いていた。

俺はその人生か知らないわけだからな。まあ、昔は公園で遊ぶ親子や子供同士で遊ぶようなものを羨ましくは思ってたけど…今はこれでありやと思ってる。元々前向きな性格やったし持ち前のコミュ力で苦労はそこまでしなかったし!

僕は本当に恵まれているのになに苛まれているんだろうと思えてきました。
両親がいる。生活面でなに不自由起きていない。高い教育費で塾に行き私立の中高一貫校に通っていた。
精神的な不自由も結局自分自身で勝手に作り上げた壁だ。たとえば僕の性格が明朗なものだったら同じ環境でもそこまで苦労しなかったはずである。

彼と僕とで何が違うのでしょうか…いや、むしろ違い過ぎるのですがそういうことじゃなくて…もっと魂的なところが違うのではないかと思い始めたのです。

僕はコミュニケーション能力の無さを自分の性格のせいにしていましたが、それは勝手な思い込みでその思い込みが壁を作っているのでは無いかと思い知らされた瞬間がありました。
それは彼と飲んで二次会を探していた頃、キャッチのお姉さんに声を掛けられてガールズバーに行った時のことです。
彼はお姉さんに対しトーク力でうまく揺さぶり女の人達を楽しませていました。僕はその金魚の糞状態ではあったもののそれなりに喋っていました。
やはりそこで気付いたのはめちゃくちゃ乗り気な人や明るい人とはしょうもないことでも会話が続くし盛り上がるということでした。僕と彼のやり取りだけで店員さんがもう私いらなくね?漫才じゃん?とか言ってましたがその盛り上がる女の人の存在あって明るい雰囲気が構築されていて雰囲気を作り出すという重要さを知りました。

そのガールズバーには3人いてそのうち1人が新人だったのですがむすっとしてて愛想が悪い…というよりは緊張してたのかあまり話を振らないでオーラが出ていました。
僕は酔いながらもそれを察していたのでノリが悪いなとは思いませんでしたが盛り上がる人達と話していました。

そこで初めて僕はバチンと一気に酔いが覚めるような衝撃がほとばしったのです。
これが本来いつもの僕の立場だってことを。所員や職人さんに無意識のうちに話すなオーラを出していたのじゃないか?と。そう、会話が少なかったのは僕の単純なコミュニケーション能力とかそういうのじゃなくて雰囲気作りに力を入れてなかったことでした。

それと彼の仲良くせんと損するやろ、何か頼み事とか融通効かせたい時に仲良い方が良いに決まってる。そういう意味もあるしシンプルに仕事とか人生が楽しくなるやろ?

という発言にもハッと思わされ、僕はその日からでした。雰囲気だけでもいいから話しやすいオーラを作ったり積極的に話しかけるようになっていきました。
元々0から1が苦手で逆に言えば1さえ手に入れればすぐ話せる関係になることが出来ました。
その0から1のきっかけが今まで壁があったのですがその壁を自分で壊した今、声をかけられる回数が圧倒的に多くなったのです。これはまさしく自分の中で驚きでした。
そういった価値観を揺さぶられる事が2020年で一番多かったのは間違いなくこの同い年の彼の存在でしょう。

第十一章 飲み

このコロナ禍でなかなか飲みにはいけなかったものの、あらゆる形で飲みを行ったかなと思います。
それこそ春はzoomでのオンライン飲みで主に大学の友達や高校の時の人達と話しました。
夏は研修も始まり会社の同期やひさびさに会う同じ悩みをかかえている大学の社会人同期などいわゆる仕事話をすることが多かった気がします。

秋からは研修も終わり会社の同期とは疎遠となりはしましたが彼女を始め、B'z同好会仲間や部活仲間と飲むことが多くなりました。

会社の同期はいわば新しいコミュニティではあるがそれ以外は既存のコミュニティで飲んでいました。この事からも大学までにたくさん仲間を持つことが出来て本当に良かったです。
飲みというものは本当に心の浄化になって仕事という目まぐるしいものとは対極で安寧であったからだと思います。

ただ安寧ばかり求めていても心が鈍ってしまい過去にすがる老害になりかねません。たまにふと帰るくらいがいいですね。

そんな中で職人さんと飲めたというのはかなり自分の中で価値観を震わす良い機会になりました。

それぞれ30代の土木職人と年下である20歳の造作職人と先ほどの同い年のシール職人、40代のフローリング職人と様々な職業の人と飲みました。

土木職人さんはかなり偉い立場であり昔気質な人で怒鳴り声がすごいのでいるだけでもものすごい存在感を放ちます。
その分人一倍仕事に関して情熱的に携わっており、施工管理者以上に視野が広く仕事を分かっている人です。
その分少しでも段取りが悪いとたとえ誰であろうと噛み付きます。今はまだ丸くなった方ですが昔は所長ですら抑えられなかったという狂犬だったそうです。
しかし、熱心ゆえにしっかり全う出来た時はきちんと褒めて下さり、また視野が広いので裏でやっていたことに気付いてちゃんとやってるなと気にかけて下さったりして数少ないモチベが上がるきっかけの1つになりました。

そんな職人さんから熱心だから…やることに対して本気だから…そして相手に期待をしているから感情が出てきて怒りが出てくる。怒りのない人は本気になってないんだということを教えてくれました。

確かに僕は怒らないということを今までプラスなことだと思っていましたが、それは相手を見限っていて期待をせず、仕事に対してより良くしようと本気で考えていないからかなとも思え始めてきたのです。
同い年のシール職人さんも俺も本気でやってた時は怒ることも多かった、こうすればもっと上手くいくのに出来ない状況にイライラすることも多かった。諦めていくうちに怒らなくはなったけど少しやる気というかやりがいは無くなったかな…と話していました。

土木職人さんは本当に仕事が大好きで仕事の話をたくさんしていただけました。夕方帰って一度会社へ戻り図面を見ながら段取りを考え、家に帰っても考え過ぎてしまうため忘れるくらいに酒を飲まないとやってられないらしいです。じゃないと浅い酔いだと夢に仕事が出てきてまたアイデアが思い浮かんで眠れなくなるからだそうです。

と言いつつ毎朝3時30分に起き4時過ぎに会社に着いてまた仕事の段取りを考えてそこからやっと僕達が仕事する現場へ行くらしいです。
そのことに対しててっきりお前も俺を見習えよと言われるのかと思ったら
「俺みたいになるな、休める時には休んだ方がいい。俺はもう手遅れや。酒の力借りんと仕事の事ばかり考えてしまうんや、日曜もずーっと考えてる。中途半端やと気持ち悪いからな。」

仕事の事ばかり考えてしまうというセリフを一度でも言ってみたいものです。
僕は仕事が終わった瞬間に考えるのをやめる人ですし、そもそも今の仕事が好きではありません。でも僕が好きじゃないものに対し本気で好きな人もいる。
僕がいい加減な状態で仕事に取り組んでしまっていることが失礼だなと徐々に感じるようになりました。

せめて、別に好きでなかろうと真摯に、そして在るものに対してきちんと吸収し全うして取り組もうと思えるようになったのです。それが礼儀であると…。

40代のフローリング職人さんはほとんど親父の年齢と一緒でその人の娘さんも僕の1つ下でまさしく親子のような付き合いで誘われ飲みに行きました。
その人はとても優しくあんまり怒らないタイプでそれこそ職人さんに対してきっぱり見限っています。

確かに部屋の中の業務は少人数で個人プレイでもやっていけるので読解力に著しく欠けるようなモラルも糞もない人間が多いのです。
職長でもあるその職人さんはそんな人達を率いて指示しないといけないわけですから…反抗期の中学生よりも難しいものです。何でこんな当たり前の事も出来ないのか…とぼやいてます。

まあ要するに人材不足なのです。優秀な僕らが思い描くような職人さんというのは一部だけで応援で来るようなメンバーは十中八九問題のある人ばかりです。遅れてるかといって単純に人を増やしてもむしろ一からその人達を教えないといけないのでかえって優秀な人の手を止める結果となり遅くなることさえもあるのです。

またフローリングは工程の終盤ににあたるためそれ以前の工程の人達が遅れてしまうと自分の仕事のリミットが短くなむてしまうのです。まさに今がそれで日々追われているのが目に見えて分かります。
自分は悪くないのにとばっちり受けるので さすがに怒るべき場所では怒らんと丸め込まれるだけやからな。主張せな認めたことになるから…とため息つきながら話していました。
昔こそ色々怒って主張していたものの最近は意味が無いなと思い始め要所でしか言わなくなったそうです。

職人さんにしては偉い視野の広い考えを持っているな(失礼)と思っていたら元々エリート一家で大学まで卒業しており不動産関係の会社をやっていたそうだが人間関係のストレスで辞めた経歴を持っていました。
こういう人になりたいなと思っていましたが娘にデレデレでわがままに育ってしまったと嘆いていて実際お会いしたんですけどお世辞にも否めなかったです。自分も娘などを持ったらそうなっちゃうんでしょうかね?

最後は同い年のシール職人と年下の造作職人です。
まあ、詳しくは「職人と飲んだ」というブログを見て下さい。
年下の職人さんは20歳(男)なんですけどかわいいんですよねー。良き後輩という感じです。
元々喋ってなかったんですけどシール職人の彼が前の現場でも一緒だったということで飲むことになりました。

造作とは部屋を仕上げていく工事のことですね。基本一部屋1人なので黙々と仕事をするスタイルです。
造作は基本的に高齢化しておりその人以外だと40代以上しかおらず、またネチネチ系の性格の人が多いことから同じ造作の職人達と仲良くなれていませんでした。

元々おじいちゃんの跡を継ぐようなかたちで入ったものの本人はあまりやりたくないそうでおじいちゃんが辞めたら辞めると話していました。でもやるからにはちゃんとした物を作りたいという真面目な性格でスピードは遅いもののちゃんと綺麗なものを作っていました。

それと比べ他の職人は早いものの雑に作っていました。というのも給与形態か出来高制だからです。
一部屋出来たら一定の額を貰えるわけですから当然早く仕上げれば仕上げるほど給料が増えるわけです。
これから住む人のために働く慈善な心など持ってるはずもなく自分のため、お金のために働いてる…ってそれはほとんどの人がそうかもしれないけどここで働く人達も例外ではありませんでした。

しかし、この年下の彼は将来住むお客さんの事も考えており年だけ取った職人よりもよほどまともでしっかりしてるなと思いました。
まあ逆に言えばそういう人とじゃないと飲んだところで面白みがないですからね。
今はこの彼の携わる造作の仕事は終わり離れてしまいましたがサシでごはん行ったり徹夜までして飲んだり離れてからも仲良くしています。


飲んだ人達はほんとにみんな良い人たちばかりです。やはり僕は人に恵まれているのでしょうか。
という面を考えると社会人一発目にこの施工管理を選んだことは間違えて無かったかなと思います。理由は主に2つで今まで過ごしていた環境と全く違う環境を知れたということと、それに合わせて自分も変えていかないといけない必要性を思い知らされたからです。

飲みを介してより友好関係が深まっていると言いますか、逆に僕自身がそういう形じゃないと普段はあまり喋らないから深い関係になれないのかなというのもあります。
だから一刻も早くこのコロナ禍が晴れたらなと淡い希望を胸に生きております。


第十二章 他人の幸せ喜べる人間でありなさい

10月はコンクリート工事のメインが終わりようやくひと段落…というところに工事現場から出るゴミの引き取りをしたり色んな書類の提出を引き継いだり最後職人さんを全員退勤した後電気を消して戸締りをするなど新しいことを引き継いだり、今まで現場内にあった事務所が隣の敷地を利用している人からの立ち退きに遭い現場から800mも離れた所に引っ越しとなりその引っ越し荷物の段取りなどをしてシンプルに時間を食うという意味で忙しかったです。初めて残業時間が100時間越えました。

まあ理由は前章の造作工事は出来高制ということもあり、夜まで残って業務する人が多いということです。単純に20時過ぎまでやってます。つまりそこまでは帰れないわけです。早く帰りたい時は先輩に頼まないといけないのですがそうは乱用できません。結局週4は少なくともやってました。
今までは現場内で残っていたのでせいぜい戸締りと電気消しは10分で終わってました。

それが事務所が引っ越した後は自転車でも5分弱かかりますし、また、朝が今までより間に合わなくなりますし、朝の作業もありますので事務所が変わったというだけで作業量が変わらないのに20分無駄に残業時間が増えるという良い所無しの引っ越しでした。
新しい事務所は狭いし臭い(?)し、暖房は付かないし(修理に2ヶ月かかる)アパートなので上からの設備音もうるさいしWi-Fiの通りも悪いという最悪ぶりでしたが唯一トイレが綺麗になったことが良かったところですかね。トイレ掃除も苦にはなりませんでした。
皿洗いとトイレ掃除は率先してやれというのはどこの社会人も同じなんですかね?まあ僕はあんまりそういう部分は苦とは思わないタイプです。感謝は大事ですからね。

でも1つ絶望が訪れました。給料が馬鹿みたいに少ないということです。
あまりお金に執着が無いとはいえ、働いた分のせめて等倍くらいの給料は欲しいものです。こんなに残業してるのになんで…と思いましたが給料はいつも10日に入ってくるのですがたとえば10月10日なら給料は先々月の20日から先月の20日締め、つまり8月20日〜9月20日の働いた量なのです。

僕が残業を始めたのがちょうどその9月20日のタイミングでしたので3週間頑張ってるのに給料はとんでもなく安く諸々払った後の時給換算は500円とコンビニでのうのうとしてる方が安いのです。(実際コンビニは楽だったよ、ほんとに現場とは大違いや by元コンビニ店員)

そこの所はほんとにモチベーションとして大事でそれこそ心が折れかけていました。
しかし、僅かな希望が僕の身体を動かしていました。9月末に発表されたB'zのライブ情報です。
しかもオンラインライブで10月31日の土曜から毎週5連続でライブをやる、しかも全曲被りなし!という理解できない大盤振る舞いに僕は胸を躍らせていました。

5つのオンラインライブは1つにつき4000円し、全部で2万円しますがもはやB'zのために生きているので何の痛みもないです。むしろ本来のライブだと10000円するので安いくらうです。
ライブは土曜の19〜21時までやっておりそれ以降はアーカイブという形で日曜いっぱいまでは見放題という形となっています。まあ、実質1日半限定ということです。

しかし悲しいことにそのうち2回は土曜出勤、しかも日曜は塾があるので観れるのは日曜の夜しかないという悲しい状況に加え、11月の2週目には日曜にテストがあり土曜塾に変更したのでほとんど満足した状態で観れないという残酷な状態でした。

残酷とはいえおっきな希望を携えた僕はどんなに心がひねられてもそのためだけに頑張れて来れました。
そして近づくにつれ、どういったメンツで観るか割り振りを考えようと思いました。
5つのライブは年代が古い順にやっていくらしいので大体この曲がどこに入るかは想定出来るわけです。

つまり誰かの推し曲に合わせて観る人を変えればええんじゃね?という短絡的発想で1日目と4日目を彼女と観ることにし、2日目を大学の友2人と観ることにしました。

ライブ1日目から僕のテンションは最高潮で特に古い曲が中心だったということもあり、ほんとに30年ぶりに演奏された若かった曲が今の色気マシマシさせて復活したり、マイナー中のマイナー曲が演奏されたり今までの定番曲をやったり、まあ彼女と一緒に楽しんだりたまに置き去りにするくらい1人だけ盛り上がってた時もありましたがそれはまた1人で改めて観ていたりしました。
ちなみに一番シングルで売れた愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけないは演奏されませんでした。実はまだ生で聴いたこと無かったりします。何でだよ!

これを視聴してから11月になります。11月は仕事も相変わらず忙しくなってきたもののやはり毎週あるライブとそれに伴って友達に会える喜び、また職人さんと飲みに行き始めたのはこの時期でした。

ライブ2日目は塾を早く切り上げ自宅で初めて友達を呼んだんじゃないかな、彼女と家族しか今までいれてない鉄壁の要塞でしたが…別に入れたくないわけではなくて単純に友達が少な…ということで自宅で視聴しました。
2日目はかのLOVE PHANTOMとかいうシングルで2番目に売れてライブの定番でもある曲が演奏されま…せんでした!
うぉい!その曲目当てで誘ったんやぞ!とは思いましたが、正直2日目は僕が1番好きな曲が目白押しでちょっと雰囲気がダークネスなものが多いんですよね。
その中でも自分が裏卒業論文(大学編4-④で書いてます)の最推しの曲だったり、知名度は低いが恐ろしいほどクオリティの高い 闇の雨 という曲がその友達に突き刺さったそうでこの曲を最近ではカラオケで歌ってるそうで一緒に観れてきっかけを作れてほんとに良かったとしみじみ思います。
その時はガブガブ日本酒やワインを呑み、朝から国家試験があるにも関わらず酩酊状態でアーカイブを見続けしまいには酔い過ぎて自分のメガネを壊してしまいました。そんなクソ状態でテストを受けたので記憶が書いてる現在ではほとんどありません。あるとすればずっと寝ていたってことですかね。

仕事は10月に引き継いだものをやっていたのでそこまでしんどくは無かったですが現場の外構、つまりマンションまわりの設備などを敷いたり仕上げていくための地面の工事ですね、それにより目まぐるしく歩けるルートも1日単位で変わりますのでその対応や職人さんへの指示も多くなり頭を動かすことが多くなりました。ただコンクリート工事のフルボッコと比べれば何の屁でもありませんでした。

それよりもしんどかったのはリクルート活動、すなわち今就活している人を呼び込む活動です。基本的にそれは若年次の社員が担当します。
流れとして今までは大学に訪問し、教授と会って生徒に宣伝する機会を設け、就職担当教授とアポを取り大学構内で説明会を開く許可を取りその段取りをし説明会で説明し、個人情報を獲得しインターンへ1人でも多く行かせるという流れでした。今までは。

それがコロナ禍によって中止せざるを得なくなり喜んだのも束の間、訪問の代わりにメールで教授に連絡して、電話で生徒に宣伝するようにすること、そしてメールで就職担当教授にアポを取りオンラインによる説明会をする許可を取りオンラインで説明会をするための段取りをし、説明会をしあるかも分からないインターンの宣伝をするという流れに変更しました。でもオンラインになっただけじゃん?と思う人もいるでしょう。 甘いですね。

大学へ訪問する。そして説明会を大学で行う。これらは当然教授や生徒が確実にいる「平日」に行うわけです。
つまり仕事をサボっていけるわけです。面倒ながらも確かにメリットは存在していたわけです。

それがオンラインになったことで全て仕事と同時並行、もしくはプライベート時間を使って段取りしないといけなくなったわけです。これはとんでもないデメリットでそもそも時間が無いということと、さすがに教授とのやり取りはやっつくで行えないので気を遣いますし時間もかかりますし、宣伝のために個人やグループLINEを用いて文章を推敲したりそうううのを全て家に帰る時や向かうまでの時間でやっていました。とんでもない気苦労です。
これらは大学で行うので当然大学が一緒の人と数人で担当になるのですが、院卒の設計の先輩で当然お会いしたこともない少なくとも3つ以上年上です。就活生との関わりも薄いので結局説明会で設計の所を説明してもらう以外は自分が全て段取りしました。

後から聞いたのですが同期ではそもそも担当にすらなってなかったり、やってなかったりで自分だけ真面目にやってたそうです。アホらしいですね。

ただ同期や部活の後輩がちょうどその就活の学年だったということもあり、かなりスムーズにラフな心持ちで段取りできたのは幸いでした。なのでたまにTwitterでもリクルートツイートで汚してたりしてました。みんな、ありがとうな

そんなこんなだったのでライブ3日目は観てる間に寝落ちしていました。まあ、ほんとのライブだったら間違いなく行けてないし、行けたとて寝落ちしたら二度と観れないのにオンラインだとアーカイブなのでまた観れるし仕事バリバリマンに優しいシステムになっており本当に感謝です。
ちなみにultra soulはここでちゃんとやりました。

ライブ4日目は彼女に会いに行くというのとリクルート活動でお世話になった部活の後輩とも会いに行くため部活に卒業ぶりに行きました。
彼らは彼らで10月まで部活動出来なかったり練習も試合も出来ない色々大変な時期だったと思います。

何を大事に生きているかでその痛手のウエイトというのも変わるかと思いますが、僕がもし学生だったなら絶望していたでしょう。しかし、この時期だからこそ出来ることなどを模索していたと思います。とはいえ普通のありがたさを知りその普通を一時も早く望んでいると思いますが。

今回は彼女と彼女の同期の友達でかつ僕のB'z仲間である水泳部の友と3人で観戦しました。彼もB'zという共通項がなければおそらく話すこともなかったと考えると感慨深いです。

彼女の推しであるイチブトゼンブはきちんと演奏されたので良かったです。そして僕の2番目に好きな曲がなんと1曲目に出て多分生で観てたら失神していました。ARIGATOって曲なんですけどね、歌詞がね、きちんと歌詞解釈しないと分からないコア向けのものとなっています。
僕の最推しと2番目が演奏されたのは希望ではありましたが想定外でした。
なぜならなかなかのマイナー曲でどちらかというとバラード寄りで盛り上がる曲ではないからです。生きている間に聴けるかどうかすら怪しい曲でした。
それがしかも盛り上がる展開にきちんと挟まれており、あれ?松本さん、稲葉さんは僕のためにライブやってる?というくらいに1日目から5日目全てがドストライクでした。

あ、やべ、需要のあまりないB'zの話をいっぱいしてしまいましたね。もう少しやらせて下さい…。

B'z以外の話といえばようやく11月にしてきちんと対価分の給料が入ってきたということですね。やはりお金の力ってすごいですね。
折れかけていたのにやっぱ頑張ろ…となりましたもんね。そしてそのお金は飲みに大量に使いました。悔いは全くないですがガールズバー2件で50000円使ってます。ははっ

11月はこうして出会いが多かった充実した1ヶ月になりました。
B'zのこうした盛り上がりは離れていたB'z仲間との心の距離を一気に繋がり一緒に盛り上がって音楽の偉大さを改めて思い知らされました。
5日目の後の日曜ではB'z同好会でオンラインにて感想会、その0次会でグループLINEで1人 恋じゃなくなる日の歌詞解釈をして欲しいと言っていた人がいて思わずそれに僕は反応してやりましょうということで僕メインでこの歌詞解釈会が開かれることになりました。
その人は岐阜大B'z同好会のパイオニアで最近出来たらしいです。一応京大B'z同好会がB'z同好会界隈で1番大きな団体でB'z同好会目当てで京大に入った人もいるくらいです。そのブランドを汚してはいけないですし、しかも年上の人なので僕も少し緊張していました。

ただ全然準備してなくてそれどころか前日職人さんと飲んでガールズバーで徹夜する愚行ぶりを披露してるので疲労が凄かったのですが何とか間に合いました。
恋じゃなくなる日とはミニアルバムFRIENDSの一曲です。歌詞のある曲が4曲入っておりいわば起承転結それぞれの曲が役割を果たすストーリー性のあるアルバムです。内容は恋愛もので誇張でもなんでもなく2時間ものの映画を1本観たかのような満足感を得られます。

起承転結の起がなんと知名度がそれなりにある「いつかのメリークリスマス」でこの曲に続きがあるということはコアなファンじゃない限り知らない、しかもその最も感情の琴線に触れる起承転結の転であるのが先程の恋じゃなくなる日でファン投票で3位に入るレベルでガチ神曲です。

結であるどうしても君を失いたくないはそれらの伏線など全て回収するような集大成神曲でなんとこれが1日目に演奏されたんですよね…27年ぶりに。このミニアルバムファンにとっては恐ろしく興奮したと言えるでしょう。

長い話は置いといてなぜこの説明が必要かと言えば、恋じゃなくなる日の解釈をして下さいと言われて、じゃあこの曲だけ説明するわけにもいかないでしょとこの説明を聞けば分かった筈です。

仮面ライダーで言えばいきなり変身して敵をやっつけるだけの所を見せられるのと同じで盛り上がるためにはそれまでの背景が必要なわけです。
つまり、この1曲のために僕は4曲分の歌詞解釈をオンラインで行ったのです。そしてかなり端折ったのにも関わらず2時間をあっさり超えてしまいました。本来この曲を歌詞解釈で聴いていただくには3時間はかかります。マジで。

とはいえ、参加していただいた人は目から鱗が落ちたかのように感動し満足してくれました。
そしてその解釈をした当日にそのミニアルバムを購入したと報告をしてくれてその時心からやって良かったなと実感しました。
その悦びと言えば社会人になってから1番満足したものとなりました。それが1つのきっかけとなり、12月からこの仕事を本気で続けるべきか迷うことになったのです。

詳しくは次章で話すことにします。